2026.11.08(更新日:2026.11.08)
皆さんは旅行に行きますか?旅行が好きですか?
行くとしたら誰と行きますか?家族ですか?友達ですか?それとも一人旅ですか?
私は普段から一人行動が多く、外食も、カラオケも、美術館巡りも、旅行も、一人です。
この土日で、宮本武蔵生誕の地、美作市宮本を訪ねる「ぼっち旅」から帰り、このブログを書いています。
鳥取自動車道を通っていても、智頭急行に乗っていても、智頭町と佐用町の間に宮本武蔵生誕の地があることは、看板で知っていました。
以前、京都の東寺に行った時に、観智院客殿に宮本武蔵筆の「鷲の図」と「竹林の図」が描かれており、また子供の頃に剣道をしていたこともあり、この度、武蔵の里を訪れてみました。
とは言いましても、武蔵の里には宿泊施設はなく、湯郷温泉に一泊しました。
前置きが長くなってしまいましたが、一人旅の醍醐味は、「知らない場所に行く」だけではなく「普段と違う場所から日常生活を見つめ直す時間を確保できる」ことや「計画を立て、実行し、その結果として上手くいったことも上手くいかなかったことも、結果を受け入れる」ことや「トラブル・ミスが起こっても何とかなると思える」ことにあると思います。
例を挙げますと、列車に乗り遅れそうになった、上り線と下り線のホームを間違えていて慌てて階段を上り下りした(姫路駅)、在来線ホームから改札を出ようとして新幹線乗り場に行きそうになった(岡山駅)などです。
これは完全に自分のミスです。
今年のゴールデンウィークに奈良に行った時、唐招提寺から平城宮跡までの移動を、「一人なので景色を楽しみながら歩いて行こう」と思い、歩きましたが、予想外に遠く、途中で後悔しました。
でも、今では、唐招提寺よりも平城宮跡よりも、一人で歩いたことの方が、良い思い出になっています。
今年の秋に京都に行った際、東寺から京都水族館へ行くために、東寺のバス停の前を歩いていたら、丁度バスが来たので、「ラッキー」と思って飛び乗りましたが、2~3分で水族館前のバス停に着いてしまった。
このときは、「歩けたのに。ミスったな。バス代がもったいなかったな。」と思いましたが、今では「京都のバスに乗れて良かった。」と思っています。
水族館の後は鉄道博物館に行き、大きな車輪(車両ではなく車輪です)を見ていたら、無性に列車に乗りたくなり、梅小路京都西駅から京都駅まで、1駅だけ列車に乗ったので、反省するどころか、むしろ大満足でした。
食事では、東大寺からホテルのあるJR奈良駅まで歩きましたが、その途中でふらっと入ったうなぎ屋さんがとても美味しかった。
うな重の見た目、香り、柔らかさも覚えていますし、肝吸いやビールの味も良い思い出です。
一人で食べるからこそ、味覚が研ぎ澄まされることもあると思います。
また、京都駅から京都国立博物館までタクシーで行った時、タクシーを降りる際に運転手さんに「正面に見えるお寺は何ですか」と尋ねたら、「智積院というお寺で、庭園が素晴らしいので時間があれば行ってみて下さい。」と言われ、博物館の「源氏物語 王朝のかがやき」はあまりの人混みで、「そうだ、智積院の庭園に行こう」と思い、行ってみたところ、本当に素晴らしい庭園でした。
境内にある日本食レストランも美味しかった。
ホテルに帰ってくつろいでいると、一日の出来事を思い返すわけですが、そのうち、家(家族)のことやクリニック(仕事)のことを考え始めます。
家でも職場でも、立場上、弱みは見せられない訳ですが、旅に出ると、「何の立場も役割もないただの人」「あなたのことには興味もないただの人」なわけで、ふっと肩の力が抜けて、ありのままを受け入れる自分も必要だなと思うわけです。
開業医は、院長(医療従事者のリーダー)でもあり社長(経営者)でもあり、院長としては、リーダーシップが求められますし、適切な判断をして職員に明確な指示をしないといけません。
その一方で、経営者としては、職員の体調、モチベーションなどへの配慮が求められます。
最近では、セクハラ、パワハラ、カスハラ対策が義務化されました。
患者さんへ笑顔で優しく接することと、セクハラ・パワハラ・カスハラを我慢して笑ってごまかすことは全く別問題ですが、優しい人ほど、区別が曖昧になりがちです。
人によっては、言われたことに対して、褒められているのか、けなされているのか、よく分からなかったり、受け止め方に温度差があったりします。
ましてや、セクハラ常習者は、最初はセクハラかただの冗談か分からないような形で接近します。
そこで、何も言われなかったり、笑って済まされたりすると、「これくらいなら許されるのか」と学習し、徐々に助長していきます。
された方も、今まではっきり言わなかった手前、急にギアチェンジして「セクハラです」と言いづらい立場に追い込まれていきます。
なので、愛想笑いはせず、なるべく1回目で「セクハラです」と言うべきなのですが、実際には難しいのも分かります。
自分も、相手の不快な言動に、1回目から言い返せない性格だからです。
(1回目の事を覚えていて、2回目では言い返しますが。)
という訳で、普段は信心深くない自分ですが、旅行先ではどうしても神社仏閣に立ち寄り、「みんなが健康で幸せになりますように」とお賽銭を入れ、手を合わせています。